再び、試される大地。
東京新聞2月17日の記事をクリップ。
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基本的に市町村合併は道内の広大な市町村になじまない。行政の効率化は期待したほど大きくないからだ。ゴミ処理・消防などの面ですでに部分合併が進んでいることもあるし(広域事務組合など)、ハコものなどはすでにおおかたの設置が進み、それこそ廃止でもしない限り、無駄をやり尽くした感がある。これは市町村で創意工夫して何とかして欲しい。
むしろ、前に指摘したとおり、河川から海域の自然保護・自然災害の防災活動・広域的な土地利用・介護保険とか福祉・産業廃棄物処理の指導・規制・救急医療といった、不特定な広い範囲の課題にメリットが見いだされる分野は多くなってきている。札幌にある本庁だけでは手薄になるし、3年なり5年地元で腰を据えてじっくり取り組まなくてはならない。だから道の案に基本的には賛成だ。ただ、道央圏が広すぎやしないか。札幌を中心にしたメトロポリタンとそれ以外に分けた方がいいんだと思うが。
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作家堺屋太一が道新の『どうする道州制特区』第2回で、アホなことをいっている。
道新1面にでてたから、僕の日曜の朝は台無しだっつうの。
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その1では、日本の北部と南部は、自ら生産し、自都市へもまた周辺他都市へも、供給することがないってことがわかった。つまり、こういうことだ。札幌市(札幌圏と言い換えてもいい)は、実は道都であるが、いわゆる移輸出品が極めて少ない。
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GW、北海道は1カ月遅れに 知事が小泉首相に「提案」 - asahi.com : 政治
北海道の高橋はるみ知事は8日、道内視察に訪れた小泉純一郎首相と千歳市の新千歳空港内で会談した際、「北海道はゴールデンウイーク(GW)中も寒い。(休みを)1カ月後にずらすようにできないか」と要請した。北海道への地方分権を先行的に実施しようとする道州制特区構想の具体例として、知事が首相に提案した格好だ。(時事) (05/08 21:21)
ちょっと前のニュース。イラク派遣第二団の激励に訪れた小泉首相にはるみちゃんが提案。
札幌ではゴールデンウィークの天気が良くないことが多く、仲間内ではそんな話をしたこともあったっけ。これ、メリットとデメリットを考えてみると、
【まず自分。】
・GWに皆が行くところには行かない。せいぜいが花見。たぶん、6月になっても混むところには行かないだろう。だから、どっちでも良いのだ。
・しかし、下のように考えると、ピークが分散して、前より混雑が減るかも知れない。
【じゃ、他の人、業界は】
・輸送業界(航空機・鉄道)はどうなるか。全体のパイから行って、6月は通常料金だろうから、道民が道外に行く、また遠出するモチベーションが増す。その代わりGWは控えるだろう。
・宿泊業界はどうでるか。GWはほとんど道外客だけで勝負することになりそうで、大変だ。早速料金改定(値下げ)しなくては。次いで、道内客向けに6月に勝負をかける。当面、客数が読めず、強気の商売ができるかどうか疑問だ。それで、1+1=2にならない場合だってある。労働強化につながりそうだ。
・海外旅行業界はどうか。北海道からの海外旅行は成田経由が多く、ピークをはずせて、GWより安い料金で行ければ、メリットになる。
・・・結果的に、道民の足が道内観光地から遠のくのでは、ないかなぁ。
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「地方分権改革に関する東京都の基本的見解」(概要)
東京都も地方自治体であるってことを改めて気づかせてくれる見解。
大都市対地方という図式は間違い!という力強い言葉、これはたぶん経済の面からすれば、私も賛成。
しかし、しかしである。
4.の再配分の数字を是正すべきという主張だが、ここにやはり地方対大都市の対立要件を持ち出してないか?
北海道だって、札幌圏の1人当たりと過疎町村の1人当たりでは、負担と配分が逆転する場合がある(いちいち計算しないが)。
でも、東京都の経済は何も再配分なしに成り立つ力強さがあるのでは?とも思う(前知事が残した膨大な借金もあるらしいが)。
北海道にはトヨタもなければ、松下もない(が、それは北海道のせいでも、ない)。
首都圏・中部圏・近畿圏という大都市圏が元気になることが日本を元気にするのは、間違いないが、行政投資の役割は、依然大きいということなのだろうか。
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道州制提案書 道庁内足並み乱れ 建設部など発注部門、意見集約なく不満/北海道新聞
つまり、道新は不満があることをわざわざ記事にしたわけだ。頓挫させたいのか?道新?
一方、「意見を聞かれない」と不満をいう、と記者に訴えるのもどうか、と思う。
道庁内に「聞かれなければ意見を言わない」という風通しの悪ーい組織風土があるのであれば、直した方が良い。
現場の意見は、貴重だと思う。例えば・・・。
■国が行う農業開発と道が行う農業開発は何が違うのか、違うとすればそれぞれの一体性連携性はどう確保するか?但し、補助率がお得とかそういうのはなしとして・・・・。
■地域の道路はどんな風になるといいのか、それを実現するために国道・道道をいつまでに整備すべきか?また機能の重複はあるのか、ないのか?(*)
■川は一本。道が管理する部分と国が管理する部分があるけど、ちゃんとお互いに雨量データとか水位データは共有されているの?
など、ちょっと抽象的だけど、発注部門(道路・河川・農業など)で分野内の現場だからこそ、よくわかってる問題は結構多いはずだ。
大きなビジョンは大切だ。しかし、具体的に北海道が良くなるかどうか、活性化を妨げている「縦割り問題」って具体的になんなのか、ということを例示するなり、代案・試案を大胆に提案してくれれば、「道州制っていいね」という世論も盛り上がろうというもの。
「上書き権」なんて、知ってる人はいるのか?ってことだ。
*例えば、3ケタ国道なんて、もともと主要道道だったものが国道に昇格!って例が多い。これまで一生懸命国にお願いしてきたのに、簡単に手のひら返すわけにもいかないって事情もありそうだ。他に国道に並行して事実上一般市民が使うバイパスになっている農道も変だ。
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「アメリカ大都市の死と生」ばかりがとりあげられるジェーン・ジェイコブスだが、これも名著だと思う。しかし現在のところ絶版。
TBSブリタニカから中村達也・谷口文子訳によって1986年、バブル前夜に書かれた本だ。
僕は本を読むときに、参考文献を見るくせがあり、尊敬するジェイコブス女史のこの本が引用・参照されているのに気づき、探したのだが、大学(北大・・・・とほほ)図書館ですらみつからず、「復刊どっとこむ」にアップするもらちがあかず、「日本の古本や」で定価以上のお金でやっと手に入れた。
読みこなすのに相当の経済学の知識も必要に思われるが、それがなくても、都市の盛衰に興味がある人をうならせるだけの内容だ。それにジェイコブスは冒頭からマクロ経済学自体を徹底的に批判している。
物価高と高い失業率というスタグフレーションは、マルクスなりケインズなりアダムスミスの理論の延長からは導き出されなかった、ということを指摘し、具体的な例証を上げて、考察と分析に入る。
ここでのジェイコブスの主張は、一国の経済発展および衰退のダイナミズムは、都市のダイナミズムに起因するのであり、それぞれの都市が互いに創造的、共生的なネットワークをそなえて、都市住民の創意を生かすようなインプロビゼーションが繰り返される場合には、その国は発展し、成長する。それがない場合には遅かれ早かれ衰退するというのだ。
そんなインプロビゼーションを繰り返し貧困から脱却し、めざましい成長を遂げた「都市」として、東京周辺の都市地域を例示する。
製造業のネットワークが発達し、それまで欧米から極めて厳しい為替条件で手に入れていた工業品をどんどん輸入代替しはじめ、国内に猛烈に供給しはじめたことがその発展の条件だったという。他に、同様の発展をとげた地域、逆にネットワークが乏しく衰退の取引によって没落していった地域も具体的に例示し、主張を裏付けする。
第13章に日本について、また北海道にとっての極めて示唆に富む記述があるので引用する。
「日本のように繁栄している国でさえ、諸地域間の不平等という問題を抱えている。・・・しかし、日本列島の北部および南部では、事情が異なる。・・・それらの都市は、広範な都市製の輸出品(移出品:筆者注)の代替を得意としていない。輸入代替都市でないために、それらの都市は重要な都市地域を生み出さない。したがってこうした周辺地域は、他地域のためだけでなく地元の生産者と住民のためにも豊かに多様に生産することがない。
(中略)
輸入代替都市がないことの結果として、仕事を求めている若者の多くが、これらの地域を完全に出て行かなければならないということがある。日本の北部と南部の役人は、地元の仕事を増やすために、他の国と似たような行動をとる。彼らは遠方の都市、主として中央日本の都市からの移植工場の誘致を競い、また最近は外国企業の子会社の誘致も増えている。世界中の他のどことも同じように、移植工場に対する需要は供給を上回っている。
(中略)
もちろん、その解決方法は、これらの地域においても、輸入代替都市が出現することであろう。しかし、・・・いまではもう、成長を阻まれた地域において輸入代替都市となる可能性のある都市は、中央日本の発展した大都市からきた製品に対する関税またはそれに相当するものを必要とするだろう。それはちょうど、かつては中央日本の都市自体が、当時の高度に発展した欧米諸都市からの輸入品を代替しつづけるために関税を必要としたのと同様である。
日本の北部および南部の諸地域がそれぞれ個別の通貨をもっていたならば、それによって関税や輸出補助金に相当するものを自動的に得ることができただろう。これらの地域の農業輸出品によって、こうした通貨の価値が極端に歪められるなら実際に関税が必要ともなろう。しかし、個別的な通貨及び関税を賦課する能力は、・・・ともに新しい主権、すなわち単一の統一主権にとって代わる複数主権を意味するだろう。しかし現実には、単一の統一主権が存在するということは、これらの都市が中央日本に比べていつまでも成長が遅れているのがほぼ確実だということである。」
だいたい、ここまでが、まず疑いのない精緻な分析部分だ。その後、理論上、衰退を避ける方法を述べているが、それはまた後にする。
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分権型社会のモデル構想の基本的考え・主な論点(案)
「III 道州制での地域の暮らしや経済の姿」とあるので、読んでみる。
<基本的な考え>
○地方分権を推し進め、道州制を実現させるねらいは、道民一人ひとりが「ゆとりと豊かさを実感できる」地域社会を、地域が自らの手で創り上げていくことである。
<主な論点等>
・地域にかんすることは、地域で決めることができるようになる反面、地域には大きな責任が生ずることとなる。
<基本的な考え>
○その地域社会とは、どのような姿なのか、また、そのためには、ふるさと北海道の持つ様々な力をどのように未来につなげていくかといったことは、北海道に住む私たちが考えなければならない重要なテーマと考える。
<主な論点等>
・道州制へ移行した場合、各分野でどのような変化が生じることとなるか。
・・・・「地域が自ら創り上げる地域社会」「地域には大きな責任」「どのような姿かは私たちが考えなければならない重要なテーマ」・・・・?
何か、禅問答のようだ。
続けよう。
<基本的な考え>
○私たちに身近な事柄を私たちの「ものさし」で決められるようになる。
[例示]
・高齢化が深刻で路線バスの撤退が進むA町では、「道路整備よりも住民の足の確保を充実させたい」などというような地域での「施策選択」が可能となる。
・積雪量が非常に多いB町では、「堆積スペースを十分とった道路を整備したい」、野外教育や自然教育を重視するC市では、「公園の中に保育所や小学校を建設したい」などというような地域での「事業の実施基準」の設定が可能となる。
うーん。本当に市町村はそんな風に考えるのだろうか。っていうか、市町村の問題にしちゃうの?ってことだ。
ひもつき補助金でなく、自由裁量ができる包括的な配分を活用して、A町は「福祉の町」、B町は「医療の町」みたいなまちづくりができる、というような示し方をしてくれないと、今ひとつインパクトに欠けるなあ。
も一つ、このことを浸透させていくと、結局北海道の交付する補助金こそ「ひもつき」でないものにして欲しいって話にならないか?
そういうセコイ(失礼)話でなくって、北海道として考えるならば、例えば交通運輸の資金を新幹線・高速道路・港湾・空港に自由に配分できる、というようなダイナミックな話をしては、差し障りがあるのだろうか。
その他にも「北海道らしい」とか「チャレンジ型施策」など一見もっともそうだが、よーく考えると意味がわからない言葉づかいが多い。
「北海道らしさ」とは何か、ということが書いてない。「全国的画一基準」に対する「北海道らしさを発揮できる基準」って何だろう。
一方で、チャレンジに対してリスクをサポートする、なーんて軽く書いてある。
拓銀の破綻を経て、私たちが反省すべきは、単にリスクを取るってことでなくて、リスクに応じたチャレンジをするってことじゃないのだろうか。最初からリスクをサポートすると甘言ならべて、むやみやたらにチャレンジされたらたまったもんじゃないでしょ、と突っ込んでみる。
きっと、「こんなもんはいらん!その代わりこれをくれ!」ときっぱり言い切れないつらさはあると思う。北海道(に限らないけど)の事業部局が国の省庁対応で系列化されてきたから、道州制を謳うことは、身を切ることにもつながってしまうのだ。
でも、そこを突破しなければたどり着けない。この書類に勇気を持ってチャレンジすべきと書かれていることは、とりもなおさず、東京都に次ぐ予算規模と人員を誇ってきた北海道の身の振り方を決めるってことでもあるのだと思う。
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道州制、特例廃止で大打撃 北海道開発局が“警告”
こんなことは、みんなわかっている。それを打開すべく、ソフトランディングしたいが故の道州制ではないのか。
今の政府の方針では、「地方のことは地方に」であり、真に直轄すべき事業以外は地方に移譲しようとしているのだから、少なくとも中長期的には、ほっといたって、いずれ現在と同じ形・規模での開発局は不要になる。
これは、なにも開発局自体が悪いのではなくて、北海道の地政学的リスクの減少と日本の資源政策環境の変化によるものであると思う。
特例そのものは、財源再配分の中で重要性の高さと地方の財源問題の関係性において論ずればいい話であって、開発局不要論とは何にも関係ない、という立場を取る方が賢明に思う。
こういうレベルの低い議論を持ち出す方が、不要と呼ばれることにつながらなければいいが。こんなものを出す暇があったら、北海道の自立につながるプランの一つもつくって欲しい。
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青森・秋田・岩手の北東北3県では、道州制をにらんだ動きが活発化しているそうだ。
産廃税導入、国内外五カ所への合同事務所開設、公募債の共同発行、大学の単位互換(検討中)、など全国発の試みを連発しているとか。
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未来総研「道州制移行への提言」
ウェブページで、概要版だが、「道州制移行への提言」が出ている。
一つの大きな島国である北海道にとっての道州制は、安全保障と外交という大仕事以外は自分で何とかしようという、「国」として見るのが考えやすいと思う。それはこの提言の中でも「他の州制のような県境を超えることによるメリットを持たない。」と述べられている。
そうすると「国」として自立するためには、自主性を保てるだけの「財源」が必要になる。現在の北海道は国財政への依存が強く、その面で自立していかないと、「国」としての自主性に乏しい。その状況は域際収支2兆円の赤字という数字で表れている。「国」でいうところの貿易赤字というやつだ。簡単に言えば、「北海道産」を外に売って稼いでいるが、それでは大幅に足らず、国の税金で仕送りをしてもらい、その金で「北海道産」の以外のものを2兆円買っているってことだ。それを今後15年で何とかしようというのが、「提言」のフレームだ。
となれば、新たな「輸出財」や既存の「輸出財」の付加価値アップを考えることになる。それを「戦略産業」だという。
「戦略産業」は、観光、医療・福祉、IT・バイオ、スポーツ・イベント、そして製造業である電気機器・自動車部品などである、と述べている。
おおまかに言えば輸出ができるということは、モノやサービスで外貨を稼げるということで、サービスの典型は、観光・医療・福祉・スポーツイベントで、これらは、北海道にお客が来るという形で外貨を稼ぐという構図。モノならIT・バイオ、その他製造品を文字通り輸出して、外国(この場合本州も含む)に買ってもらおう、というわけだ。
これらが世界市場において北海道の比較優位な分野だという。
ここで15年というスパンで見たときに、いくつかの疑問が出てくる。一つは、なぜ「食糧・食料品」が入っていないのか、という点である。
中国の躍進により、世界の食糧が逼迫するのではないか、と思うのだが、その時に、人間の身体にとって安全でかつ地政学的リスクの少ない、国産の食料・食料品の価値が高まるのではないか。そこに向けて北海道はどうするのか、という視点が必要だと思う。
電気機器というのは、それこそグローバル市場に完全にビルトインされて、デフレの影響が激しく、成長には多額の投資ときわめて高い技術力が不可欠である、というのが今の実情だと思う。その「金」と「技術力」を自分でまかなえるか、という意味でも、15年後も比較優位であるかどうか、よくわからないというのが正直なところだ。
第二の疑問というか、感想。北海道以外の特にサヨク系の知識人等々には、国の財政への依存=ムダな公共投資=熊しか通らない高速道路、というステレオタイプなイメージが少なからずあると思うのだが、北海道における公共投資の多くの部分が本州企業によって受注され、所得税も本州へ還流している面を忘れないでほしいし、建設市場の縮小によって、従来見向きもしなかった少額の工事にトップゼネコンが参入しているという例も枚挙にいとまがない。
だから、単純に2兆円といったって少し割り引いて考えていいはずだ。開発途上国を「草苅場」と称する人がいるが、そういう構図は歴史的にも今も北海道には、ある。
そんなわけで、今の域際収支を真っ正直に前提にして、ほとんど不可能な実質経済成長率2%なんて数字を出さなくたっていいのではないか。経済官僚あたりにとっては突っ込みどころ満載なんじゃないのか?
ここからは愚痴だが、ある地域を区切って「自立」というが、金の出入りで見れば、首都圏以外に厳密に経済的に自立してる地域は、おそらく、ない。この辺、知っている人が居たら教えてほしいが、水・食料・エネルギーの生存3要素、およびゴミの処理について首都圏は、まちがいなく他の地域に依存しているが、それに見合う金を首都圏の住民は、きちんと払っている(計算になる)のか。また、環境破壊のコスト例えば、二酸化炭素の吸収コストと言ってもいいが、それを分担するとして、その分はどうか。
「自立」なんて言葉はかっこいいが、まさに世はグローバルな相互依存関係。子どもは親から巣立つべきだ、みたいな一家庭レベルの精神論を国家論・地域論に安易に展開して、そんなもんにまたほいほいと無前提に乗っかる必要なんてないのである。提言を出すのは全く否定しないし、北海道の「民」が意見を言うのは大切なんだけどね。
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道州制実現へ提言書 規制緩和など、特区の重点政策を盛る−−道民臨調 /北海道
「道民臨調」という民間有志による会議が道州制実現に向けた提言をまとめた。一度、読んでみたい。
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道州制特区の予算は4年間で400億円だ。04年度は、道費あわせて170億円が「公共事業」枠で使われる。
道州制とは諸説はあろうが、結局は、国全体の問題でない限りは地域の責任でなんとかしろ、ってことで、硬直化した補助金行政で不自由な点が解消されて、地域の実情にあわせた経営ができるローカルガバメントってことだ。
東北6県が道州制特区ってことなら、例えば太平洋側と日本海側をつなぐインフラ網の強化、という理由もたつだろうが、今、一体の地方である北海道では、道州制に必要な170億円の公共事業というのは、やはり、意味がわからない。
堀前知事の任期の最後の方では、「北海道スタンダード」という、北海道の実情にあった制度や設計基準が検討されていたはずだが、その意義は少なくないと思う。改めて道州制を見据えて、タブーなく議論・研究してほしいものだ。それは、結局は国の采配が及ぶ自己矛盾に満ちあふれた補助金でなくたってできることだ。
なんつったって「道州制」特区なのだから、今まで全国で取り上げられている「特区」のアイディアを全部実行したっていいくらいだ。
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[もう一つの北海道]攻防・動き出す道州制 「底力引き出すチャンス」 /北海道by毎日新聞040309
今年に入って毎日新聞は道州制について、霞ヶ関・札幌(道庁・北海道局)を取材して回ったようだ。記事は高橋はるみ知事へのインタビューを再構成したもの。
道州制を取り入れた後の北海道のグランドデザインが依然として見えない、という意見にはだいたい賛成できるものの、国が道費約1,000億円を肩代わりしていて、それを返上するか否か、と言ったステレオタイプな見方でまとめているのは、あまりにこれまでの歴史や成果をよく見ていないと感じる。
他府県と異なる北海道特例というのは、まあ詳細に説明すれば、とてもこの欄では足りない。江戸時代より、少なくとも高度成長期ごろまでは、北方警備・移住地・エネルギー基地(石炭) ・資材基地(木材等)・食糧基地と少なくとも国にとって5つの割と大きな役割を担ってきた土地である。
現在の北海道特例見直しの原点は、60年代から70年代に石炭から石油へエネルギー政策が大きく舵を切ったこと、冷戦崩壊で北方警備の意味合いが薄れたこと、の大きく二つのパラダイムシフトがあったってことだ。しかしその頃には、すでに4,5百万人に上る道民の生活・経済・社会というものがあり、まさに独り立ちを目指して、閉山に伴う雇用対策、諸々の産業政策(多くは失敗したが)、そして右肩上がりを信じての大型基盤整備(苫東など)が投入されてきたってわけだ。ま、ほとんどは「国」が旗を振ってきたことであり、余りちゃんと後始末をしたようには見えない。
そして、今また「道州制特区」という旗を振って、結果をだせだの、できるわけないだのと言っている。ここからは私の想像だが、独り立ちしたいと言えば、「じゃ、補助金いらんのね。」、お願いすれば、「自分でなんとかしなさい」と言われて、560万人の道民の生活を抱える道庁の職員の方々はつらい立場だ。
他の都府県から見れば、稼いだ金を仕送りしてきたけれど、もう、本家の倉も底をついてきたんだから、いいかげん自立しなさい!という意識・世論が盛り上がるのは、金のことだけ考えれば、わからないではない。
そう金さえあれば、食い物だって、便利な生活だって、どこからだって買えたんだ。でも、そんな時代をなーんにも考えずに脳天気に謳歌できたのはすくなくとも80年代までだろう。それは、どんなバカの壁人間だってわかるはずだ。
21世紀のはじまりはテロとウィルスと温暖化とデフレの時代である。なんつったって世は「グローバル」だから経済の強さ弱さ・軍隊の強さ弱さにかかわらず、これらは容赦なくおそってくるものだ。食い物だって大変だ。吉野家やマクドナルド、いやいや物価の優等生さえサスティナブルではなさそうだ。ハンバーガーの食い過ぎでドアも通れない肥満が増える国で飢餓が起き、核を持とうとして飢えてるやっかいな国もある。だいたい中国人がみんな「牛肉」を食うようになったら世界は終わりに近い。
リストラと相場で疲れ果てた会社社会の裏では援助交際に児童虐待にフリーターだ。日本自体がずぶずぶの泥沼に入りそう。 改革が「日常語」になった本家の日本にだって、痛みの先に、たいしたビジョンが「見えている」わけでもないだろう。
そんな中に、癒しと恵みの大地、北海道がある。日本の危機と無縁ではないにしろ、少しくらいは暖かく包み込む度量はある。北海道のグランドデザインは、その辺りから考えてもよさそうなものだ。
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つね日頃から考えていることがある。それは、国および道の人事である。人事といっても出世のことではなく、転勤つまり地理的な移動のことである。
北海道はとにかく広い。今年旭川の出先で勤めていた人が一度札幌に戻ってプチ(失礼)出世。また2年くらい勤めて今度は函館へ、というような動きをしている。
幹部になる人は、やはりほとんど全部の地域を回るべきかも知れない。北海道全体を知ったとは言えないからだ。
しかし、国の職員と道の職員、数万人に及ぶ職員の全部ではないにしろ、万にも及ぶ職員が毎年毎年移動(異動でなくて)している。昔は課長クラスが2,3回転勤すれば、餞別で床柱が立つなどと噂された時期もあったそうですが。
既婚の職員の多くは、札幌に妻と子を残していることが多いのではないか。そして出先には、月曜の午後から金曜の午前までいて、まあ、出張にかこつけて帰札というパターンも多そうだ。
これで地域に密着した仕事ができるのか、というテーマがある。それから、地元にお金や人材が定着するのか、というテーマもある。さらにさらに、出先の幹部が替わるたびにあいさつ・引き継ぎ・今までの事業の説明やら膨大な労力をかけて、皆でよってたかって早く地元の事情を伝えようとする。その間、まあ見積もって着任後半年は最低でもかかる。まあ、部下たちが変わっていなければ、うまくやってくれるのだろう。
そんなこんなで、単身赴任の職員たちは、地域に存在してはいるけれど、心ここにあらず、というパターンも少なくないのではないか。
道州制をやるのであれば、北海道を東西まっぷたつにぶったぎり、移動(くどいようだが移動ではない)をその枠内に制限し、妻子もろとも住まわせる位でなくてはいけないんじゃないか。
何?子どもの受験はどうする?カミサンの買物はどうする? それを地域でがんばってこそ、の分権なのではないか。どうしても行きたければ、がんばって週末札幌まででかければいい。そのうち飽きて地元で遊べばいい。
それで生活してこそ、本当にその地域に必要なものも見えてくるのじゃないかなぁ。
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道州制モデル事業推進 防災、環境、観光で−道が4カ年計画
道州制で国から降りてくるのは、400億の公共事業。防災では台風10号で露呈してしまった縦割り行政をなくすということだ。
そういう国・道・地元自治体の連絡と例えば通行止めの情報共有にいくらかかるのかなぁ。そんなにかからないような気はするけど。環境では、家畜ふん尿の垂れ流しを防ぐための河畔林整備だとか。どうもピンと来ないなあ。くさい匂いは元からたたなきゃだめでしょ。
観光では、台湾・韓国からの観光客のために道路サインに中国語・韓国語を付け加えるという。うーん。
彼らはマイカーで移動するのか??たいていは観光バスじゃないのか???
どうも「公共事業」という枠組みで苦労した感じはある。そういう北海道局の関与を温存するガチガチの予算にこそ問題ではないのでしょうか!?
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省益先行、分権論議を欠く、道州制の隘路 前編
北海道の独立系ウェブニュースサイト、BNNで、北海道総合研究調査会HITの理事長、広畑民雄氏が発言する。
04年の北海道開発予算に道州制モデル推進費100億円が計上されたが、使途は「公共事業」に限られるという。つまり道路・港湾・公園・下水道に
農業土木といったハード事業だ。
・・・・・「は?」
北海道開発予算にも一応、「非公共事業枠」はあるようだが、地方分権推進でなぜトンカチか。ほとんど意味不明だ。
北海道が今より自己決定権を拡大する分野や方向を議論して、いろいろな実験や検討をかさねるのに、なんで道路か、なんで下水道か。
こういう風に、「北海道は公共事業依存体質だ」と批判されつつも、脱却できないがっちりとした壁がある。
要は、何かに新しいことをやろうとしても、開発予算=公共事業なのであって、どんなにソフトをしっかり組み上げようとしても、全部公共事業推進の理屈に飲み込まれるようにできているのだ。
あとは、羊の皮をかぶったオオカミではないが、公共事業の皮をかぶった地方分権プランをつくる、道庁の技量に期待するしかない。
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[もう一つの北海道]攻防・動き出す道州制/6 内閣府の無理難題 /北海道(毎日新聞)
道州制の話のはじまりから、開発局の解体論と結びついた論調やこうした霞ヶ関のイジワルぶりを報道する部分が最近目立つ。
堀知事のときにあった「北海道スタンダード」、つまり、中央の基準や規則にはまらない、北海道なりの基準を考えようという動きと、ある程度連携した発想をしていけばいいのではないか。
札幌に住んでいるため、市町村合併の動きでも住民の立場・意識が見えにくいが、こうして北海道全体の問題になると、自分も道民として、考えてみたくなる。
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霞ヶ関出身知事ということで、道州制特区の話にも賛同する発言をひかえていたように見えたはるみちゃん。ここに来てなぜか積極的になっている模様。どんどんやれー!がんがんいけー!
ところで、道州制ってなんだか、実はよくわかっていない。
アメリカ合衆国は本田勝一が「合州国」という表記にこだわっているように、郡や州が基本的な単位で、そこで法律制度・経済制度にある程度自主権があり、国防など国全体に関わることは連邦に委任するという。日本は国民主権とは謳われているものの、全く逆で国がああでもないこうでもないと地方のやることに規制や指導を与えるという、いうなれば、ピラミッド型・上意下達の地方自治だったわけだ。
道州制がミニ連邦制みたいなもの、ということならアメリカの例もあるし、わかりそうなのだが、実はちゃーんと解説したニュースを見たことがない。
2004年2月16日(月)
[もう一つの北海道]攻防・動き出す道州制/2 知事の豹変 /北海道
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