2005.07.27

■さおだけ屋はなぜつぶれないのか?

リンク: NIKKEI NET:経済 ニュース.

有限責任事業組合、「さおだけや…」著者ら第1陣に

 法人税を納める必要がなく、出資者の責任を限定できる有限責任事業組合(LLP)と呼ぶ制度の適用第1号に、ベストセラー「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」(光文社新書)の著者で、公認会計士の山田真哉さんのグループが入ることになった。LLPの根拠となる法律の施行日である8月1日、山田さんらは法務局にLLP設立を届け出る予定だ。

 LLPは株式会社と民法上の任意組合の長所を「いいとこ取り」できる事業体。資本力が弱い個人やベンチャーを支援するのが目的で、経済産業省が法制化した。有限責任のため、出資額以上の損失負担も負わない。 (07:01)

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2005.05.09

■「半島を出でよ」村上龍

hanto
ほぼ発売日に買った。チラリとは読んだが「これ登場人物が多すぎる」とおもって地下鉄読書のような細切れには向かないと思い、大型連休中に上下巻、まさに悶絶しながら一気に読んだ。以下、感想。
ネタバレ注意!

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2005.03.09

■中央公論「安心・安全」の氾濫が作り出す不安

0503 知る人ぞしる中西準子(独)産業技術研究所化学物質リスク管理センター長だ。女史の原稿が中央公論にでている。もともと、尊敬する柳田邦男の記事が出てて買ったものだが、思わずハタと膝を打ったことがあったので書いておきたい。

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2005.03.08

■市場の倫理・統治の倫理/ジェイコブス

 コクドの堤会長の逮捕劇、それに連なる「お前らわかってて報道しなかったのだろう」ともいいたい連日のマスゴミ報道を見聞きする上で、ふと思い出して、本棚にあった本をある本を読み返してみた。
 下にあるのは、amazonのレビューに加筆したものである。

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2005.02.18

■人間都市クリチバ—環境・交通・福祉・土地利用を統合したまちづくり

curitiba_bus
 本書、そしてクリチバのすばらしさは、筆者服部圭郎のあとがきにある「日本での都市計画への諦観とクリチバの成功を見た希望」で十分表現されています。

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2004.11.29

■この国の失敗の本質/柳田邦男

はじめ、柳田邦男の「脳治療革命の朝(あした)」を読んでえらく感動して、柳田さんのファンになってしまっている。有名な「犠牲(サクリファイス)」は二十五歳で自殺した次男の壮絶な実話だが、実はまだ読んでいない。

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2004.06.08

■都市の経済学/ジェイコブス(その2)

 その1では、日本の北部と南部は、自ら生産し、自都市へもまた周辺他都市へも、供給することがないってことがわかった。つまり、こういうことだ。札幌市(札幌圏と言い換えてもいい)は、実は道都であるが、いわゆる移輸出品が極めて少ない。

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2004.05.12

■都市の経済学/ジェイコブス(その1)

 「アメリカ大都市の死と生」ばかりがとりあげられるジェーン・ジェイコブスだが、これも名著だと思う。しかし現在のところ絶版。
 TBSブリタニカから中村達也・谷口文子訳によって1986年、バブル前夜に書かれた本だ。
 僕は本を読むときに、参考文献を見るくせがあり、尊敬するジェイコブス女史のこの本が引用・参照されているのに気づき、探したのだが、大学(北大・・・・とほほ)図書館ですらみつからず、「復刊どっとこむ」にアップするもらちがあかず、「日本の古本や」で定価以上のお金でやっと手に入れた。
 読みこなすのに相当の経済学の知識も必要に思われるが、それがなくても、都市の盛衰に興味がある人をうならせるだけの内容だ。それにジェイコブスは冒頭からマクロ経済学自体を徹底的に批判している。
 物価高と高い失業率というスタグフレーションは、マルクスなりケインズなりアダムスミスの理論の延長からは導き出されなかった、ということを指摘し、具体的な例証を上げて、考察と分析に入る。
 ここでのジェイコブスの主張は、一国の経済発展および衰退のダイナミズムは、都市のダイナミズムに起因するのであり、それぞれの都市が互いに創造的、共生的なネットワークをそなえて、都市住民の創意を生かすようなインプロビゼーションが繰り返される場合には、その国は発展し、成長する。それがない場合には遅かれ早かれ衰退するというのだ。
 そんなインプロビゼーションを繰り返し貧困から脱却し、めざましい成長を遂げた「都市」として、東京周辺の都市地域を例示する。
製造業のネットワークが発達し、それまで欧米から極めて厳しい為替条件で手に入れていた工業品をどんどん輸入代替しはじめ、国内に猛烈に供給しはじめたことがその発展の条件だったという。他に、同様の発展をとげた地域、逆にネットワークが乏しく衰退の取引によって没落していった地域も具体的に例示し、主張を裏付けする。
 第13章に日本について、また北海道にとっての極めて示唆に富む記述があるので引用する。
「日本のように繁栄している国でさえ、諸地域間の不平等という問題を抱えている。・・・しかし、日本列島の北部および南部では、事情が異なる。・・・それらの都市は、広範な都市製の輸出品(移出品:筆者注)の代替を得意としていない。輸入代替都市でないために、それらの都市は重要な都市地域を生み出さない。したがってこうした周辺地域は、他地域のためだけでなく地元の生産者と住民のためにも豊かに多様に生産することがない。
(中略)
 輸入代替都市がないことの結果として、仕事を求めている若者の多くが、これらの地域を完全に出て行かなければならないということがある。日本の北部と南部の役人は、地元の仕事を増やすために、他の国と似たような行動をとる。彼らは遠方の都市、主として中央日本の都市からの移植工場の誘致を競い、また最近は外国企業の子会社の誘致も増えている。世界中の他のどことも同じように、移植工場に対する需要は供給を上回っている。
(中略)
 もちろん、その解決方法は、これらの地域においても、輸入代替都市が出現することであろう。しかし、・・・いまではもう、成長を阻まれた地域において輸入代替都市となる可能性のある都市は、中央日本の発展した大都市からきた製品に対する関税またはそれに相当するものを必要とするだろう。それはちょうど、かつては中央日本の都市自体が、当時の高度に発展した欧米諸都市からの輸入品を代替しつづけるために関税を必要としたのと同様である。
 日本の北部および南部の諸地域がそれぞれ個別の通貨をもっていたならば、それによって関税や輸出補助金に相当するものを自動的に得ることができただろう。これらの地域の農業輸出品によって、こうした通貨の価値が極端に歪められるなら実際に関税が必要ともなろう。しかし、個別的な通貨及び関税を賦課する能力は、・・・ともに新しい主権、すなわち単一の統一主権にとって代わる複数主権を意味するだろう。しかし現実には、単一の統一主権が存在するということは、これらの都市が中央日本に比べていつまでも成長が遅れているのがほぼ確実だということである。」
 だいたい、ここまでが、まず疑いのない精緻な分析部分だ。その後、理論上、衰退を避ける方法を述べているが、それはまた後にする。

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2004.05.06

■ハゲタカは飛んでいく

1ドル200円時代を妄想してみたくなります。や、北海道にとって。これは、北海道独立論にも通じるのですが、今より倍近く円安になれば、北海道はどうなるか。輸出が好調、輸入が不調ということです。
しかしそこには日本市場における生産者・供給者としての北海道という見方が必要です。
輸出(移出)ということで言えば、道産の農水産品の国内競争力が向上します。だいたいが例えばアスパラで言えば、フランス産100円、中国産80円、地物が150円てな具合です。これが、どうなるか。もちろん地物の原価の中には輸入依存のもの、例えば大きいのが石油ですね。これがあるから安くはならない。しかし、輸入品は安くなる。総じて価格競争力は増しそうな予感。価格だけでなく、食品としての安全性(農薬等々)とか栄養価という面がクローズアップすれば、売れそうです。
他に外貨が優勢になれば、旅行需要が北海道に向くことも考えられます。今、東京発着では、北海道旅行は下手すると韓国やグアム・サイパンと同等か高くなるケースもある。これが変わります。
急激な円安は、輸入依存からの脱却期間とのタイムラグにより、いろいろ「痛み」もあろうと思いますが、製造業の国内回帰だったり、さまざまな関連資材等々の国内生産の可能性も広がるので、「円安は北海道にとってプラス」といいたいところ。
「ハゲタカは飛んでいく」/ラリー・S. ジュニア著/実業之日本社/¥900

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2004.03.29

■社会的共通資本

 筆者は社会的共通資本という考え方を提示し、それには自然環境系・インフラストラクチャ系・制度系の3つの種類があるという。
 この本はそれぞれの分野について具体的な例をあげてその意味や意義を論じ、また社会・経済学史の中に位置づけ、そして結語としてあり方を論ずるというスタイルでこれまでの筆者の著作・文献をまとめたものである。宇沢ワールドの入門書というところか。
 文は抑揚がおさえられ(ま、経済学の先生だから)平坦ではあるものの、所得再分配において無機的個人を前提し、効率性のみを論じ、公正性について考慮しなかった新古典派経済学者やモダニズムの教祖コルビジェを思想的に批判し、自説や他の優れた思索家(例えばジェイコブス)などの対案を提示する。
 新古典派的な理論・演繹的アプローチによる社会資本整備についての政策体系を批判しつつ、農村について述べた第1章、都市について述べた第3章は、多くのプランナーや政策立案者は、これまでの政策の理論的背景への批判も含めて読んで欲しいし、この部分を自分なりに把握し消化することで少なくとも思想的には十分とも言えると思った。
 現在長野県の総合計画審議会委員をやっている筆者の「コモンズ」による地方政策革命の理論的背景を知る上でもいいテキストである。
「社会的共通資本」宇沢弘文著/岩波新書/¥660
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