小樽ゆきあかりの路
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以前から函館市で問題となっていた巨艦店イオンの出店計画に市の都市建設部が公式に中止を申し入れた。以下は9月22日付け北海道新聞の経済の記事からの引用。
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以前にもこことここのエントリーに書いた「まちづくり三法」の抜本的な改正を国土交通書・経済産業省が中心になって行っているという。「中心市街地再生のためのまちづくりのあり方」をみると豊富な資料に基づいて現状の制度の欠陥(国交省はそういわないが)について綿密に記されている。おそらく政策評価(行政評価法にもとづく?)の一環としておそらく初めての試みである。
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(1)では、専門外にもかかわらず百貨店のビジネスモデルについて述べてきた。
要は買い物客に比べて、売り場の店員が商品知識・サービスノウハウが豊富であって欲しいという話だ。
安売りは得意なところにまかせておいて、商品を買うんじゃなくて満足感を買うという顧客層を大事にして欲しいと言うことなのだ。
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以前より、道新を中心に伝えられてきた丸井今井経営再建策の大枠が明らかになった。
他のデパートと決定的に違うことは、地元民に「丸井さん」という呼び名で親しまれてきたことだろう。なんといったって133年の歴史がある百貨店だ。丸井今井本館は本道のコンクリート建築物で一番最古のものだ。これをつぶしてなるものかという人も多いだろう。何かへんな話になってきたが。
西武百貨店傘下に入った「五番館」亡き後、それこそ唯一の道民資本による百貨店、シンボル的な存在が風前の灯火状態にあることに感慨を禁じ得ない。そこで今の思いを書き留めておきたい。
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ジェーン・ジェイコブスの著書、1969年「都市の原理」(鹿島研究所出版会)より。
ジェイコブスはその著書の「都市の非効率と非実用性」の中で、発展する都市は長い目で見たら実に非効率で非実用性に見舞われていると述べている。
著者は、産業革命時の対照的なマンチェスターとバーミンガムを例にとって説明する。
前者は繊維工場が圧倒的な効率で運営されており、後者は時代遅れで、小規模な家内産業が大半を占めており、はっきりした特産の品を持たなかった。
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5日もブログをお休みしてたのは、単に他に書くことがあったからだ。そう、仕事のレポートだ。さすがに1日30〜50ページのレポートを書くとまともにブログを書く気がしない。AVMに伴う失語症のリハビリの一貫として、再開した当ブログだが、まがりなりともプロのレポートを世にを出すようになったら、モチベーションとして、別のものを持ち出す必要があろうというものだ。
しかし、夜な夜なレポートを書いていて、妙に違和感を感じなかったわけじゃない。客観的な事実を書いているときは、自分でもすらすらと筆じゃないワープロが進むのだが、考察になると、嘘のようにぴたっと止まってしまうのだ。
以前は逆だった。客観的な事実を斜め読みして、いきなり考察を書くのだ。いや仮説といってもいい。いわゆる、プロのレポート屋がつかうところの「落としどころ」。
これが、しばらく物書きを離れていたのが原因なのか、はたまた後遺症なのかはわからないけれど、今日は考察も含め、仕事がプチ段落したから、ブログに向かう。
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「旧岡田倉庫」を文化施設に改修へ /毎日新聞
江別市は、JR江別駅周辺地区活性化推進事業として、千歳川近くにある石造りの歴史的建造物「旧岡田倉庫」(同市2の1)を、市民が芸術文化活動をする公共施設に改修する。1月に着工。7月に新しい文化施設として完成する予定だ。
旧岡田倉庫は1897(明治30)年、雑穀商の故岡田伊太郎氏が建てた。岡田家が1999年に建物と土地を市に寄贈し、市が「旧岡田倉庫活用民間運営協議会」を結成し、活用方法を検討してきた。石造りの歴史的建造物は演劇、音楽などの公演やイベント会場に生まれ変わる。
04年末、道の「地域創造アトリエ」整備事業に指定された。【小崎学】
2月15日朝刊
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ジミ・ヘンドリックスの住んでた家が2月22日までに運命が決まりそうだ。もと記事はここ。
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アナリストに聞く この産業の今〜総合スーパー業界 - nikkeibp.jp - 専門家の眼を読んで、いまさらながら総合スーパーについて考えた。
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その1では、日本の北部と南部は、自ら生産し、自都市へもまた周辺他都市へも、供給することがないってことがわかった。つまり、こういうことだ。札幌市(札幌圏と言い換えてもいい)は、実は道都であるが、いわゆる移輸出品が極めて少ない。
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「地方分権改革に関する東京都の基本的見解」(概要)
東京都も地方自治体であるってことを改めて気づかせてくれる見解。
大都市対地方という図式は間違い!という力強い言葉、これはたぶん経済の面からすれば、私も賛成。
しかし、しかしである。
4.の再配分の数字を是正すべきという主張だが、ここにやはり地方対大都市の対立要件を持ち出してないか?
北海道だって、札幌圏の1人当たりと過疎町村の1人当たりでは、負担と配分が逆転する場合がある(いちいち計算しないが)。
でも、東京都の経済は何も再配分なしに成り立つ力強さがあるのでは?とも思う(前知事が残した膨大な借金もあるらしいが)。
北海道にはトヨタもなければ、松下もない(が、それは北海道のせいでも、ない)。
首都圏・中部圏・近畿圏という大都市圏が元気になることが日本を元気にするのは、間違いないが、行政投資の役割は、依然大きいということなのだろうか。
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「アメリカ大都市の死と生」ばかりがとりあげられるジェーン・ジェイコブスだが、これも名著だと思う。しかし現在のところ絶版。
TBSブリタニカから中村達也・谷口文子訳によって1986年、バブル前夜に書かれた本だ。
僕は本を読むときに、参考文献を見るくせがあり、尊敬するジェイコブス女史のこの本が引用・参照されているのに気づき、探したのだが、大学(北大・・・・とほほ)図書館ですらみつからず、「復刊どっとこむ」にアップするもらちがあかず、「日本の古本や」で定価以上のお金でやっと手に入れた。
読みこなすのに相当の経済学の知識も必要に思われるが、それがなくても、都市の盛衰に興味がある人をうならせるだけの内容だ。それにジェイコブスは冒頭からマクロ経済学自体を徹底的に批判している。
物価高と高い失業率というスタグフレーションは、マルクスなりケインズなりアダムスミスの理論の延長からは導き出されなかった、ということを指摘し、具体的な例証を上げて、考察と分析に入る。
ここでのジェイコブスの主張は、一国の経済発展および衰退のダイナミズムは、都市のダイナミズムに起因するのであり、それぞれの都市が互いに創造的、共生的なネットワークをそなえて、都市住民の創意を生かすようなインプロビゼーションが繰り返される場合には、その国は発展し、成長する。それがない場合には遅かれ早かれ衰退するというのだ。
そんなインプロビゼーションを繰り返し貧困から脱却し、めざましい成長を遂げた「都市」として、東京周辺の都市地域を例示する。
製造業のネットワークが発達し、それまで欧米から極めて厳しい為替条件で手に入れていた工業品をどんどん輸入代替しはじめ、国内に猛烈に供給しはじめたことがその発展の条件だったという。他に、同様の発展をとげた地域、逆にネットワークが乏しく衰退の取引によって没落していった地域も具体的に例示し、主張を裏付けする。
第13章に日本について、また北海道にとっての極めて示唆に富む記述があるので引用する。
「日本のように繁栄している国でさえ、諸地域間の不平等という問題を抱えている。・・・しかし、日本列島の北部および南部では、事情が異なる。・・・それらの都市は、広範な都市製の輸出品(移出品:筆者注)の代替を得意としていない。輸入代替都市でないために、それらの都市は重要な都市地域を生み出さない。したがってこうした周辺地域は、他地域のためだけでなく地元の生産者と住民のためにも豊かに多様に生産することがない。
(中略)
輸入代替都市がないことの結果として、仕事を求めている若者の多くが、これらの地域を完全に出て行かなければならないということがある。日本の北部と南部の役人は、地元の仕事を増やすために、他の国と似たような行動をとる。彼らは遠方の都市、主として中央日本の都市からの移植工場の誘致を競い、また最近は外国企業の子会社の誘致も増えている。世界中の他のどことも同じように、移植工場に対する需要は供給を上回っている。
(中略)
もちろん、その解決方法は、これらの地域においても、輸入代替都市が出現することであろう。しかし、・・・いまではもう、成長を阻まれた地域において輸入代替都市となる可能性のある都市は、中央日本の発展した大都市からきた製品に対する関税またはそれに相当するものを必要とするだろう。それはちょうど、かつては中央日本の都市自体が、当時の高度に発展した欧米諸都市からの輸入品を代替しつづけるために関税を必要としたのと同様である。
日本の北部および南部の諸地域がそれぞれ個別の通貨をもっていたならば、それによって関税や輸出補助金に相当するものを自動的に得ることができただろう。これらの地域の農業輸出品によって、こうした通貨の価値が極端に歪められるなら実際に関税が必要ともなろう。しかし、個別的な通貨及び関税を賦課する能力は、・・・ともに新しい主権、すなわち単一の統一主権にとって代わる複数主権を意味するだろう。しかし現実には、単一の統一主権が存在するということは、これらの都市が中央日本に比べていつまでも成長が遅れているのがほぼ確実だということである。」
だいたい、ここまでが、まず疑いのない精緻な分析部分だ。その後、理論上、衰退を避ける方法を述べているが、それはまた後にする。
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安定した地域の都市の人口分布が「ベキ法則」に従うという話を読んで、北海道はどうかな?と気になってグラフをつくってみた。
確かにベキ乗分布だ。札幌市以下人口上位41位(212市町村の20%)で北海道全人口の82%を占めている。
それで、この「不平等性」をどうとらえるか、ということだが、丸田一氏は、この傾向は変わらないため、日本が目指してきた均衡ある発展は幻想であり、やめるべきだと断じている。果たしてそれをそのまま受け取っていいものかどうか、非常に悩むところだ。
・・・べき法則、閾(いき)値、等々ちょっと関連する「知的な」話題がひできさんのblog「HPO:個人的な意見 ココログ版」で発展中。
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