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2006.07.03

地方制度の岐路(何度か目、しかし最大の)だと思う。

これを読んで感じたんだけれど、やっぱり地方自治体の考え方そのものを変えなければ行けないと思うよ。

 まさに夕張市の置かれている立場は、「試される大地」を取り巻く状況の変化、つまりエネルギー革命、冷戦の終結、流通革命などによって、日本国にとっての北海道の役割が変わってきたことの一つの縮図なんだと思う。

とはいえ、肩を持つわけじゃないけど、夕張市のような、旧産炭地(しかも当然過疎地)は、閉山すると、山奥でろくな農地もないから高い付加価値の商品作物(例えばメロン)、企業誘致(地域整備公団)、観光対策しか、外貨を稼げる手段はなかったんだ。

■全国的に有名な「夕張メロン」(新千歳発の機内食「夕張メロンゼリー」で有名。)
■「ばりばり夕張♪」のキャッチで有名な「石炭の歴史村」(そのおかげで、今はなき、モード創始者ギル・エバンス・オーケストラが見られました。)
ゆうばり国際ファンタスティック映画祭(タランティーノ北海道初上陸。)
マウント・レースイ・スキー場(ここは10年程前に一度いったきりだ。)
ユーパロの湯(たしか農水省の構造改善事業か中山間地域関連事業)

 数々の施設を建設・買収した80〜90年代は、故・中田鉄治市長の次々に繰り出す活性化策が旧産炭地を見事に(?)復興したと評判だった。あの時は、財政規律なんて言う人は保守・革新・マスコミさえ、だれもいなかった。それどころか、過疎・旧産炭地を「弱者」として、それに乗っかったヤカラもいるんじゃないかと思う。いずれにしても、今夕張を苦しめている債務は中田前市長の時の施策が膨らんだものだった。

 高度成長期やバブル期は日本の素晴らしい所得再配分システム(地方交付税や各種地方債)が一定の役割は果たしてきたと思うけど、それをいいことに例えば過疎地や旧産炭地の自治体は観光だとか交流だとかでハコモノを作ったし、随分無理(無駄?)をしてきた。
 80年代、北海道経済は低成長期もしくは停滞期にとっくに入っているにも関わらず、その勢いは止まらなかった。
 だいぶ愚痴っぽい方面に話がそれたけど、そんなこんなで地方分権は最大の岐路にさしかかっている。北海道庁だって地方で、今年が財政健全化の正念場(参照)だから、夕張市の財政危機に最後は国の制度を使うしかないと観念したんだろう。

 最後に、後出しジャンケンみたいで恐縮だが、前々から感じてたことを。
 これからの日本の地方制度は、市町村は、首長・議会・総務・財務・教育・福祉・企画・産業・建設・・・・など、大都市から農山漁村まで、フルセットを備えた機能をもってきたけれど、もっと多様な自治体像(やわらかく書いてみた)でいいんじゃないか。
 税関係の収納とか文化施設とかゴミ処理とか、多い人口の方が効率的な部分は思い切って小さい町は大きい市に任せてしまって、祭事とか義務教育とか本当に住民に身近な部分だけ顔の見える仕事をしたらいいんじゃないか。
 僕の考えは、単純に公務員減らしという話じゃなく、場合によって増えることもあることに注意。
 専門職といえばいいか、大手企業の地域限定社員みたいなもの。一定程度身分保障を与えてあげるかわりに、その地域の平均程度の年収で我慢してもらう。
 だいたい今の公務員制度の総合職が2年程度でころころ部署が変わるってのが解せない。もっとじっくり地域のために専門的に働きたい公務員はいるとおもう。
 あと、市町村は、例えば上下水道とか文化ホールとか物産館とか、人口とか観光客増を見込んで(?)過去に作った設備や施設が過剰気味だ。その問題はファイナンスを含むと一朝一夕には解決しないけど、もう人口とか観光客が倍々ゲームみたいに増えることはあり得ないのだから、少なくとも基礎的インフラ以外は、廃止を前提に早く結論を出して損切りして欲しい。

参考ブログ:東京都も倒産する・・・
経営に失敗して自治体は遠隔操作を申し出た
元夕張市長・故中田鉄治へのレクイエム

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