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2005.04.05

教育は他国の状況をみると本質がみえる。

 中国や韓国では反日教育が行われているのは知らない人はいないんじゃないかと思う。それと比べて我が日本は戦後60年を経てもなおこんなことをやっているのである。

毎日新聞より抜粋。

 文部科学省は5日、中学校で来春から使われる教科書の検定結果を公表した。韓国や中国が「歴史をわい曲している」と批判する「新しい歴史教科書をつくる会」(会長、八木秀次高崎経済大助教授)の主導で扶桑社が発行する社会科(歴史分野)教科書には124カ所の検定意見が付き、すべて書き直して合格した。公民分野でも75カ所を修正して合格したが、日本と韓国が領有権を主張している竹島については「韓国が不法占拠」と修正された。韓国側からの強い反発が予想され、外交問題に発展するのは必至だ。

 僕の理解では特に国際関係における歴史に「正しい」は存在しなくて、それぞれの国から見て「妥当な」もっと言えば「幻想」の歴史認識があるにすぎない。幻想といって悪ければ想像といってもいい。だから、我が国にとって正しい(妥当な)歴史認識をまず植え付けるのが教育の役割だろうと思う。

 そこに立って初めて幻想から目覚め、独自の見方、創造力・想像力が育つというのが僕の主張だ。だから、幻想から解かれて大人になって歴史をひもとくのがおもしろい。

 都合の悪いこと隠すなんてそんな姑息なことをしてたら、まず、先進国であれば、国際社会で爪弾きにあうから、事実は事実として教えなければならないというのはいうまでもないが、事実をやっていれば歴史を勉強することなっちゃうというのも、またちょっと違うと思う。

 だから、戦後60年にもなって、姑息な文科省の検定をやっているなんて、どうかなと思うが、ここでは触れない。むしろ戦後教育には民主化を教えた利点はあるものの、「価値観の多様化」に代表されるように我が国にとって正しい(妥当な)歴史認識という「幻想」を与えきれなかったという点で、どちらかというと失敗に終わった気がする。

 原因は文科省にあるのは言うまでもないが、教科書ころころ変えるのも実は問題に違いない。教科書なんかどうでもいいというのが、偽らざる僕の心境だ。僕が育ってた時代は、教科書なんてとうの昔、参考書で勉強しなければ、高校すら受かるのが難しかった。

 教科書に書いていないことや教科書とちがう記述なんて山ほどあった。今の小学校・中学校なんてわからないが、おそらく勉強にしめる教科書の読書量なんて1/3程度じゃないのと思う。

 おそらく一番大事なのは、国と個人のせめぎ合いの中で、国家がどういう歴史認識をもってほしいか、というのにかかっているような気がしてならないと思うが、どうでもいいですかそうですか。
 だから、お隣の中国・韓国では、戦後教育がそれぞれの国にとって、良くも悪くも機能していると感じてしまう。だって歴史認識の違いから、我が国の固有の領土竹島まで不法占拠しちゃうんだから。

参考ブログ:内田樹の研究室

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コメント

10年くらい前には、韓国からの留学生君が普通に
「僕の国では、独裁政権の時からのひきずりで、歴史の偏向教育がいまだに行われているんですよ」と嘆いて「国際的な常識とどう摺り合わせるつもりなんだろ?」と溜息をついていたもんですが、これからどうするんでしょうねえ。

投稿: ロボウノイシ | 2005.04.06 11:53

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