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2005.03.27

つわものどもが夢の跡(2)

 5日もブログをお休みしてたのは、単に他に書くことがあったからだ。そう、仕事のレポートだ。さすがに1日30〜50ページのレポートを書くとまともにブログを書く気がしない。AVMに伴う失語症のリハビリの一貫として、再開した当ブログだが、まがりなりともプロのレポートを世にを出すようになったら、モチベーションとして、別のものを持ち出す必要があろうというものだ。

 しかし、夜な夜なレポートを書いていて、妙に違和感を感じなかったわけじゃない。客観的な事実を書いているときは、自分でもすらすらと筆じゃないワープロが進むのだが、考察になると、嘘のようにぴたっと止まってしまうのだ。
 以前は逆だった。客観的な事実を斜め読みして、いきなり考察を書くのだ。いや仮説といってもいい。いわゆる、プロのレポート屋がつかうところの「落としどころ」。

これが、しばらく物書きを離れていたのが原因なのか、はたまた後遺症なのかはわからないけれど、今日は考察も含め、仕事がプチ段落したから、ブログに向かう。

 

これを読んで、常日頃考えていることが現実になったと思った。引用する。

 再生機構が閉鎖候補に挙げているのは北は北海道の旭川店から南は沖縄県の那覇店までの53店。慢性的に赤字が続いていたり、競合店の出現で急速に収益が悪化した“問題店”ばかりだ。

 しかし地元にとってはそう簡単に受け入れられる話ではない。候補店の多くは駅前や中心街に立地しており、地元で唯一の大型店という例も少なくない。それが閉鎖されて空き店舗になってしまえば中心街の空洞化が一段と進み、雇用の喪失と合わせて地域経済への深刻な影響が避けられないからだ。

 このため自治体や経済界の代表らがダイエーや再生機構、丸紅などに存続要請を続けているが、要請される側は複雑な心境だろう。地域にとってそれほど重要な存在で、地元の人たちがこぞって買い物に来てくれれば、閉鎖せざるをえない事態に陥ることはなかったのだから。

実は北海道は、ダイエーだけならまだしも、西武系列のホテル・ゴルフ場・スキー場まで、撤退に戦々恐々としている。実際に首長が直に再生機構、西武本社へお願いに行ったりしている。ま、それはそれでいいのだが、より大きな視点で見ると、行政的には、スジが通っていないことに気づく。こっちは、プロはプロでもプランナーとしての視点。

 まず、商業誘致にしろ、リゾート誘致にしろ、計画的な視点が欠けていること。これはプランナーとしても反省しなければならない点が多いけど、公共と民間が融合して公益を創り出しているのだ、という哲学がないまま、出店・進出は基本的には雇用創出・税収増加に大喜びして歓迎、三顧の礼までしてどうぞどうぞとお迎えし、その際、メリットとデメリットを確認すらしていないこと。市町村は、バブルはじけても一向に懲りておらんね。 
 もっといえば、計画的視点をもって、都市計画に長期的に商業配置を組み込まなければ、これから、もっともっと大変になることが目に見えている。だって、人口減るんだから。高齢化してばっかばっか安いモンばかり買うわけない。よく日本の文化風俗はアメリカの10年遅れというが、消費者文化も例外じゃない。
 
 本来、物事には表と裏があるように、投資されることのメリット・デメリットもある。たとえば、商店街がつぶれるってことじゃなくて、市民=消費者のとくに交通弱者(お年寄りだけじゃなく、小中校生、高校生も含む)買物機会の選択枝が狭まらないか、とか、産業廃棄物は増えないだろうか、とか、行政は十分考慮に入れて、対処する必要はないだろうか。もっと言えば、自分のまちづくりの主体者である、日本の中産階級(商店主とか事業主・工場主)は急速な勢いで高齢化・不活性化している。

引用を続ける。

合理性同士がせめぎ合う

 例えば石川県の金沢店。市の中心部に立地し、ピークの1989年2月期には64億円の売り上げを記録したが、郊外にできた大型店への顧客流出で2003年2月期には25億円まで落ち込んだ。「新しくできた郊外店の方がきれいで気持ちがいい」「品ぞろえが豊富」「車が止めやすい」など理由はさまざまでも、消費者自身の選択の結果であったことは言うまでもない。

 いくつかの店の中から価格、品質、品ぞろえ、設備、サービスなどを勘案して1番と思うところに買い物に行くのは消費者として当然のこと。合理的な行為ということができる。しかし、その結果、消費者に見放された店が撤退するのもこれまた経済合理性にかなった行為で、消費者はそれを止めることはできない。

 ことはダイエーだけの話ではない。世はまさに店舗過剰時代。昨日までの繁盛店が、新たなライバルの出現によって、一転、不採算店になることも十分にありうる。その店がなくなることで自分はどれだけのマイナスを被るのか。そこまで考えて行動しなくてはならないとは、「王様」たる消費者もいささか憂鬱(ゆううつ)な気分にならざるをえない。

まさに、市民=消費者はマクロ的には合理的に行動する。しかし消費者一人ひとりをつぶさに見たら、便利なだけで喜んでいる消費者=市民ばかりなんだろうか。お年寄りだけじゃない。近所に新しくできた、スーバーに子ども一人で行って帰ってこないといって心配している親がそれにも含まれる。冗談じゃない。最近10年くらいで、スーパーを舞台にした犯罪はいっこうに減らない。(ソースなし。突っ込み無用)

 そこへ来て2007年問題。そう団塊の世代の大量退職だ。もはやまちづくりを担うのはこの世代の人しか、いないのか。はたまた・・・・?(・・・・続く)

参考:R30マーケティング時評-低コスト社会に必要な中小商店

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