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2004.12.23

「がんばれ」という文化から卒業しなくてはならない。〜玄田有志

 切込隊長が2つの記事を書いた後、ニート問題から頭が離れない。頭が離れないわりに経営者のはしくれのはしくれである自分がどうできるか結論が出ていない。

 そこで何とはなしに「ニート」の著者「玄田有史さんに学ぶ」というサイトを見た。
 そこで2003年2月6日北海道白老町で開催された男女共同参画フォーラム2003の講演録から次の言葉が目を引いたので引用したい。 

●「がんばれ」という言葉だけで励まされる人は少ない。
 さっき言葉の話をしましたけども、実は非常に大切なことなんじゃないかと思います。私も学生などを励ます機会がありますが、よく考えてみると日本語では「がんばれ」という言葉が圧倒的に多いですよね。サッカーの中田選手がインタビュアーとうまくいかなくて、自分のホームページにいろいろ書いているということを聞きました。
 なぜインタビュアーとうまくいかなくなったのか、私が聞いた話では、日本のインタビュアーはすぐ「がんばってください」という、それが気に入らないというのです。何故かというと、この人たちは自分が今なにを目標としていて、何を努力していて、何を今一番苦しんでいるか分からずに、ただ「がんばってください」といっている。
 それはプロフェッショナルではないということなんですね。その話を村上龍さんから伺ったのですが、今、「がんばれ」という言葉だけで励まされる人は少ない。「がんばれ」という言葉自体は悪いものではなく、こういう時には「がんばれ」という言葉で勇気付けられる。
 それは、今その人が置かれている状態を続けることが、その人の最大唯一の目標であるときには、「がんばれ」という助言は非常に有効です。例えば、雪山で雪崩か何かで遭難して、命綱にずっとしがみついてレスキュー隊を待っているような状態の時、命綱を持っているということが最大唯一の目標であるような時には「がんばれ」ということを言うしかない。
 シドニー五輪で金メダルを取ったマラソンの高橋尚子選手が、独走しているときに、沿道から「がんばれ」という声援を受ける。やはり、その状態を続けることが、最大唯一の目標である時には、「がんばれ」ということが一番の励ましになる。しかし、自分が今何に向かってファイトしていいか見つからない、何に向かっているのか、自分がどんな状況に置かれているかが分からない人に「がんばれ」と言うことは、逆にその人を不安にさせたり、緊張させたりします。
 実は、シドニー五輪で優勝候補とされていたのはケニアのロルーペ選手でした。その対抗がルーマニアのシモン選手。高橋選手はせいぜい3番手と予想されていました。結局スタートしてから一度もロルーペ選手は先頭集団を走ることはなかったのですが、ずっと先頭集団にいた高橋選手は、いつロルーペ選手が来るか、ずっと気になっていて、不安だったのです。
 しかし、22キロ付近から何かが吹っ切れたかのように高橋選手がスピードを上げていく。いったい何があったのか。実は、ひげの酔っ払いのコーチ、小出監督が、一言だけ高橋選手にアドバイスしてたんですね。「がんばれ」なんてことは一言も言っていません。小出監督は「ロルーペ来ない、ロルーペ来ない」とただそれだけを言っていたそうです。あの場面で「ロルーペ来ない」という言葉ほど高橋選手を勇気付ける言葉はないでしょう。

●「がんばれ」という文化から卒業しなければいけない。
 私が外国にいた頃に「日本では人を励ます時にがんばれということを言うのだけれど、それに変わるような言葉が英語にあるのか」と友人に聞いたことがあります。その友人は考えて、たぶん「パーシビア」(persevere)という言葉がそれだろうと教えてくれました。しかし、その言葉を使う人を見たことがないとも言います。
 じゃあ、お前の国では人を励まさないのかと聞くと、そんなことはなくて、上司が部下を励ますとか、親が子供を励ますとか、先生が生徒を励ますとか、いろんな場面があると思います。やはりいろんな状況があって、それぞれの場面にあった励まし方が大切だと思います。
 例えば、「グッドラック」(Good luck)といって励ましてみたり、何か不安を持っているような場合には、「ビリーブユアセルフ(自分を信じてみろ)」(Believe yourself)と言ってみたり、とにかく行けという時には「ゴウフォーイット」(Go for it)など、やはり場面場面を見て、その人に一番必要な言葉を自分のいくつもある引き出しの中から探して言って上げられるのが、親であり、ボスであり、リーダーの役目なんだと思う。英語が良くて、日本語がダメということではないのですが、やはり我々も、何でも「がんばれ」という文化から少しずつ卒業していかなければならないと思うようになりました。
 最近テレビなんかでも「うつ病」のことが多く取り上げられ、議論されるようになりましたけども、うつ病の人には「がんばれ」と言わないでくださいとカウンセリングの先生はおっしゃる。うつ病の方は思いつめることが多くて、がんばリ過ぎてしまうから、その人にまた、「がんばって」ということは、ますます追い詰めてしまうということです。私達は人を励ます言葉というものをもっときちんと考えていかなければならないとつくづく思うようになりました。

●「がんばれ」「忙しい」「普通は」という言葉を言わないようにしている。
私も学生などに話す時に、自分の中で決めていることがあって、3つのことを言わないようにしています。一つは「がんばれ」、一つは「忙しい」、もうひとつは「普通は」を言わないようにしている。
それをしないことで、一つだけ明確に変わったことがあって、それは、「忙しい」ということを言わないようにしたことで、私自身の肩こりが治った。うそだと思われるかもしれませんが、是非試してみてください。そんなことが、以外に大きいんじゃないかと感じています。
男女共同といった時にも、女性に「とにかく、がんばれ」と言ってもダメで、やはり励ます言葉を上司なり家庭なりが持っていないと、なかなか急には変われないというのが一つです。
 2つめは、今度は励まされる側から見たときに、例えば「がんばれ、なんて言われてもたまらないよ」という時がある。やりたいことが何なのか、分かっている人がいったいどれくらいいるのか。やりたいことが分かっている人はトライすることも可能でしょうが、今は、やりたいことを見つけたり、特に仕事の中でこうしたいというようなことを考えるのが、しんどくなってきているのではないかと思う。
私が小さい時は、まだ王選手がバリバリの現役で、2年連続3冠王をとったり、ホームランの世界記録を塗り替えたりしていた頃は、情報も少なくて、私もテレビを見て自分も野球選手になりたいだとか、夢を抱けた。
しかし、今の子供達は、例えばハイビジョンなんかでイチロー選手の姿をくっきり、はっきり見えたりすると「自分はイチローにはなれない」と思ってしまうのではないか。昔は情報がない分だけいろいろな事を思ったり、考えたりすることが楽だったと思うんです。
今、大人たちは「夢を持ちなさい」なんて簡単に言うけれど、実は今の子供達にとっては大変なことで、やはり「しんどいなあ」と思うのではないか。じゃどうすれば、やりたいことが見つかるのか、明確な答えがあるわけではないけれど、いろいろな分析をしているうちにこんなことが、浮かび上がってきます。
 転職してやりたいことをするという人と、転職したけど結局うまくいかなかったという人、そんな分析をしている内に一つ面白いことがわかりました。例えば転職するときに誰に相談したか。自分自身で決めた人、家族に相談した人、前の会社の上司に相談した人などいるが、だいたいそういう人はうまくいかない。逆に会社以外の友人などに相談した場合には意外にうまくいくケースが多いことが分かった。 

 
 これは男女共同社会にむけた講演だけど、ちょっと前にも書いた親子の関係を見直すだけでは不十分だと感じた。
64年生まれと言えば私と同じ。今と昔の情報メディアとの関係は雲泥の差。「夢を持て」「やりたいことをやれ」「がむしゃらに頑張る」っていうのは別に不思議に思わなかった。「がんばればできる」も常套句としてあったなぁ。
 
 その言葉をニートにカテゴライズされた人にはタブーだろう。おそらく。あくまで現実的な対処法が必要だと思う。でも一方で背中を押してくれる言葉に飢えている人もいるのではないか。
 それは「いつまでも親のスネかじってるんじゃない」「なんでもいいから自分の好きなことやりなさい」「お前のために親が心配してるのに」という言葉では、おそらくない。フラットな人間関係を結べる同僚に相談したことが転職にもいい結果を及ぼしているように誰か自分をわかってくれている人が必要かも知れない。
 
 話は変わるがずいぶん前になるが、「なんで私がお茶くみをやらなきゃいけないの?」と聞かれて答えに窮するある会社の人の愚痴を聞いたことがある。これは「なんで」と聞いたOLに軍配あり!と思って聞いていたのだが。その会社の人はお客さまが大事であるとか丁重に迎える必要があるとかそのためには誰かが「お茶くみ」をやらなきゃいけないとか説明もしくは指導するのを怠ったと感じたのだ。

 戦後高度成長時代に自明のことと思っていた文化が、自己責任を背景とする個人主義になってきて、企業もそれをやんわりと強要する終身雇用制が廃れて、説明責任に転化したその瞬間であったのだ(笑)。
 今日も結論でないままに終わっちゃうの巻(死語)。

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» 2005-04-07 [はてなダイアリー始めました。]
花粉症の方は、薬が効いて、だいぶ楽になりました。お尻は、まだ痛いですが、椅子には座れます。 [続きを読む]

受信: 2005.04.08 01:33

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