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2004.12.31

怒濤の1230!

ここへお世話になった方々へリハビリの報告を兼ねて昨年12月30日に行ったライブの報告をしたい(ただし長文)。

 12月30日、約半年ぶりに(!)ライブをした。タイトルは「復活ノ陣」(笑)。引き続きもう何年もやっている「COVERの宴」。これは昔取った杵柄のバンド達が延々入れ替わり立ち替わり出てきてカバー曲(一部お笑いも)を演奏するまさに年末にふさわしいイベント。もうこれを楽しみに(というかこれしか出ることはない)1年過ごすというバンドも一部いる。

 ライブの出演バンドは郎平、ザ・ハイカロリーズ、そしての3バンド。

 郎平は70年代がぷんぷんにおう4人バンド。シェッタガーリアのミミが率いる。昨年活動を再開して頻繁にライブを重ねてきた。今年は作曲・レコーディングに取り組む予定でライブはしばらく見られないらしい。

 ザ・ハイカロリーズは文字通りやたら横縦がでかい(つまりデブ。ただしかっこいい。)「ひささん」がヴォーカルをとる。ギターはジミ・ヘンドリックスばりに熱く響く。おっぱい、マリファナ、、、というきわどい歌詞をポップなメロディに乗せてガツンガツン飛ばす。これは盛り上げてくれた。

 さて、夷。「インターナショナル」をバックに流れるPV(?)が最初に流れる。今回のコンセプトは軍隊。

ビデオが終わっておもむろに私がステージに出て行って「斉藤一等兵、ただいま帰還しました!!!!」と一発ぶちかます。

 ドラムソロをバックにp-kita(sax)、チェック(g)、ノリピー(per)、ヒロシ(b)登場。”ハラショー”、”KGB”、”ブルーノート”、”ピロシキ”、”ピカドン”、そしてラストは”EGA”の6曲を演奏した。そう夷はロシアン・スカがコンセプトなのだ。音源はない。聞きたい人はライブへどうぞ、と何気なく宣伝。

 さて、右手のリハビリの成果はというと、まだ握力が回復していないうえに緊張して手が固くなってたんだろう。2曲目で、どうしようもなくするするとスティックが右手から滑り落ちていった。バンドのメンバーが「初めて見た人はアキラがリハビリ中だって事は気づかないよね。」と慰めてくれたが、そういう問題じゃーない。引き続き握力強化に取り組まなきゃ。他にも16分音符でやらなきゃなんないところを8分音符にやむを得ずしたり、3連符をうまくたたけないなど課題はたくさんある。

  「ドラムは右手右足左手左足をバラバラでたたかなきゃいけないから大変だね」、と素人(失礼)から言われるのだが、これは間違い。全部つながっているのだ。専門用語で4ウェイと言うのだが、4つのバランスをとれるべく専用の練習をすると自然にたたけるようになる。

 例えば8ビート(これは和製英語。正しくは8 notes feelという)が、右利きを仮定すると、右手で8分音符をキープして、左手でオフビート(つまり4分の裏)をたたく。右足はバスドラムをオンビート(4分の表)、とやるとうまくいかないことが多い。逆にオンビート、オフビートを身体に覚え込ませ(あえていけば、ドラムをたたかなくていい)、しかる後に右手で8分音符を載せるとうまくいく。

 ところが4ウェイが身体に染みこんでいた私の場合は次のように分析できる。簡単な8ビートであれば問題なく(音量を別にすれば)たたける。これは外泊時にスタジオで立証済みだ。ところが8分の裏、16分の裏、3連符になるととたんに難しくなる。これらを得意にしていたにもかかわらずである。右手ばかりでなく左手、右足までもぎこちなくなるのだ。これはえらい問題だ。

 例えば、8分の裏、右足でバスドラムを踏み、右手でシンバルをたたき、オンビートで左手でスネアをたたくケースだと、右手が遅れ、右足はジャスト、左手もジャストになっちゃうのである。リズムは流れるのである。シーケンスで見ると何かぎこちなくそれこそ素人が聞いても何となくわかってしまうのである。オフビートを聞けとはよくいったもんである。

 さらに、問題はある。本来右利きであれば左手を鍛錬する。オルタナティブ、つまり左右交互にたたく時右が強くなってしまうから、楽曲上(バンクでタカタカタカタカの連打を想像して!)それがあわない場合もある。私の場合、左手が強くなってしまっているから、今度は右手を鍛錬すべしである。他にも例えば、左手でスネア、右手でフロアタムを2小節、8分音符で同時にたたくフィルインの際にも左手・右手のバランスの悪い事が多い(つまりスネアばかり聞こえる)。

 ここに挙げたことがらはいずれ自分で努力しなきゃどうしようもない。目下効率的な鍛錬法を開発中である。
一方、であれば何で不完全なまま復活ライブを決行したか?という疑問にお答えしたい(笑)。

  • いいかげん私の甘えを排除したい。

  • 楽曲上問題のないレベルに達した。

  • バンドの志気に影響するぎりぎりの時期であった。
  •  ライブの評価は見にきてくれた人にまかせたいが、できはともかく感動したと言ってくれた人々もいた。

     私もチケットを買ってもらったにもかかわらず半信半疑であったのだが、7月15日に私を手術してくれた執刀医のO先生が来てくれて、ライブ終了後「感動して涙が出そうになった。斉藤さんほぼ完全に回復しましたね。」と声をかけてくれた。

     先生と一緒に来てくれた5人のナース。「はじめての入浴の時、ナースコールを装備してたのに半年でここまで回復したなんて」。僕の手を握り握力を確かめ「手の力ももう大丈夫」。「今度ライブがあったら行きますので教えてください」。中でもうれしかったのは「斉藤さんがここまで回復するなんて私たちにも励みになります。一年の最後にこんなイベントがあるなんて看護婦にとって最高です」といって先生と忘年会に去っていった。・・・・これでナースのハートをゲットしたね(冗談)。

     言語療法士のI先生もご夫婦できてくれた。言葉を交わすひまがなかったけどきてくれてありがとう。
     言語のリハビリの成果は最初の一言しかなかったけどね。

     モダンダンスのM先生とYちゃん。「同じ舞台をやるもの、生還の喜びに満ちたドラム、よくわかります。」と涙声で語りかけてくれました。

     さあ、第2部の「COVERの宴」の始まりだ。今回は昨年までの5,6バンド掛け持ちと違い、ドラマーとしての仕事は夷だけ。目下心臓が飛び出るほど、どきどきするのはCOVERの宴初披露のヴォーカルだ。なにせ私の音痴は一昨年のWe're an American Bandで証明済みときてる。20数年のバンド生活で歌ったことさえフロントラインに立ったことさえ数えるほどしかない。ドラムが定位置唯一落ち着けるところだ。しかもほとんどプロなみの演奏で「ルビーの指輪」を歌うというのはどこでそんなこと決まったんだ。

     誤解をさけるために言っておくがメロディの簡単な「ルビーの指輪」(寺尾聡作曲・松本隆作詞・井上鑑編曲)は、そんじょのアマチュアに毛が生えたようなバンドにはできっこない。リズムだってシンコペーションバリバリで難しいしコード進行も複雑だ。そんな楽曲に私の歌だ。これ自体が一つのギャグを言わずなんと言おう。

     東京組バンドはヴォーカリストを変えながらWhite Room,Superstition(BBA),Desperadoと演奏し、そして「ルビーの指輪」が来た。私は言った。「私は7月に脳出血で倒れました。一命は取り留めましたが、現在右手と失語症のリハビリと最後まで歌詞が歌えるかどうか聞いていてください」と。私は開き直りの境地で歌詞カードを見ながら歌った。歌詞は多少の間違いはあったがとにもかくにも歌い終わった。
     
     結果はどうだったかって。それはもう下手だったなんて言えませんよ。みんな良かった良かったなんていうもんですから。そんなことを言ったら、今年も歌いたくなっちゃうじゃない。

     そんなわけで私の2005年12月30日はリハ・ライブ・イベント・一次会・二次会と14時間にもわたる怒濤の時を経て終わりましたとさ。

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