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2004.06.09

「勝ち組」と「負け組」

JMM(2004年6月8日発行)

読者、友田健太郎さんは「経済的格差は日本社会に何をもたらすか?」にたいする投稿で、こう書いている。

 ただ、かつて人々の意識に浮かぶことがなかった格差や貧困の問題が「勝ち組」「負け組」といった言葉とともに強く意識されるようになったのはここ数年の現象です。ですから問題は、格差そのものよりも、それが表面化し人々を脅かすようになったことだと言えるでしょう。まさに編集長が「経済的な問題ではなく、社会的あるい は『文学的』な問題」と定義付けている通りだと思います。

 「組」といえばクラスで、勝ち負けを意識する闘いの場合は、運命共同体だ。負けても負け同士、次に勝つべく、組めれば、まだまし。が、それは一度崩壊した共同体を再生させることであり、おいそれとは、実現しにくい。
 ほんとうは、組でなく、「勝ち人・負け人」にカテゴライズされ、さらに下の「負け人」を探す=つくってしまう人の出現が、モンダイなのだ。
 我が国において、所得分布がべき乗の法則になってしまうことはないかもしれない。でも、それに近い状態(80:20)へ世の中が進むとき、相対主義的に満足度を図る人々には、もっともしんどいだろう。
 何が救いになるか。私にはある考えが芽生えているが、開陳するほどのものでも、ない。

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