今井君の手記を読んで。
手記 「人質」となって 今井紀明/中日新聞
なんで中日新聞が・・・。大丈夫か北海道新聞!?まぁ、それはいい。
テレビでは、私たちの自己責任論が繰り返し論じられていた。その上、「自作自演説」や「ビデオ演出説」までが出てくることに「『死んで帰ってきてね』と言われていたのだ」と自覚した。何よりもつらかったのは、自分の存在と存在意義が自分自身で確認できなくなったことだ。悔しさと怒りがこみ上げる半面、「生きて帰ってきてよかったのだろうか」と感じる瞬間もあった。/「5.同じ空の下 虐殺と希望」
極端な自己責任論に対しては、当事者はこう感じざるを得ない。
あの状況で自業自得とか自己責任を追求するってことは、死んでくれと言っているに等しく、生きて帰ってきた場合は、金で解決せよと言っているに等しい。
イラクで感じた絶望と生まれたそだった日本に帰ってきた絶望という2つの絶望を感じた若者は、それでも、生まれた国の人々に向けて手記を書いた。
別れる直前に、彼らが言った言葉を思い出す。「われわれも別の道を探したい。アドバイスをくれ」。彼らも迷っていた。どうしても恨む気になれないのは、飛行機の音がするたびに震え、空爆のたびに誰かが死ぬイラクの現実を見てしまったからだ。私もこの地に生まれれば、武器を手にするしかなかったかもしれないと思う。/「4.『拘束者』から『客人』に」
自衛隊撤退を訴えていたことも知らされず、約束の期限を過ぎても解放されず、ほとんどその状況もわからず、ただ、米軍の爆撃音だけが聞こえる、そんな状況の中でも、拘束した犯人を恨まず、まして、自宅に戻ってなお罵倒されたあとにさえ、自分の信ずる「自己責任」を果たそうとする態度を持った今井君。
こういうピュアな彼だからこそ、ほとんど組織に頼らずイラクに飛んでいけたのだろう。
「危険だと外務省が言っている場所に行ったのだから、拘束されてもやむをえない。自己責任である。」
自己責任を言う論理は、少なくとも「論理上」は正しい。じゃ、いったい自己責任をどう表せばいいの?ってことは、これまでの種々の議論を見ても、まとまった答えはない。しかし、少なくとも何の組織もしょっていない個人にそれを追求するときには、「命」か「金」を意味することを教えてくれている。
さらに、こうやって希有な経験を「手記」にしてくれたことには、感謝したいと思う。
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