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2004.02.19

「道路の権力」の勝利なのか?

田中、松田両委員が辞任 道路公園民営化案を批判
猪瀬氏は独自に政府との妥協点を探る動きを見せた.「コスト削減」「一部区間の建設先送り」「大幅な料金値下げ」などの持論を持って調整したようだ.債務返済を優先してその枠組みの中で結果としてむだな道路の建設を抑制する、という推進委員会案の肝の部分は骨抜きになり、9342キロは結局保証された.何のしがらみもない、作家としての猪瀬氏は大胆かつ慎重に首相周辺と「根回し」をしていたが、結局この問題で首相は泥をかぶる気がなかったのか、重要な役割は演じなかった.上下分離、保有/リース新直轄方式、などなど話はいよいよわかりにくくなった.新聞は結局プール制と公団方式は残ったと書くがもう少し突っ込んだ分析が必要だろう.
 古賀自民党道路調査会長は、「今回の議論で道路建設に責任を持つのは、国交省であることがはっきりした」と言った.有料道路も無料道路(国道)も国交省の思うがまま、という構図が変わらないという意味だ.新会社に拒否権があるように言われているが、これも辞任した田中元委員が言うように、事実上、道路族の権力の前に骨抜きにされるに決まっている.
 現在の道路整備計画が作られたときと今現在では、経済環境も地域の疲弊度も明らかに異なっている.道路だけが不変という考え方はおかしい.新直轄方式は、地元に建設費負担を課しているが、これこそが当初の料金収入で建設をまかなうプール制を前提とした計画と全く異なる方法であり、道路建設のためだけの論理である.プール制の基礎的数値である計画交通量は粉飾に粉飾を重ねており、破綻は明確なのに、その部分は事実上残っている.
 当の国民は「債務は返済して国民に負担をさせないようにすべし」と思いながらも「自分の地域はまだまだ道路が足りない」という分裂症に陥りつつある.そして「自分が負担しないのであれば、ぜひ作ってほしい!」という心理を利用して、政治家は野党も含めて、高速道路を選挙のお土産としてきた.
 この問題、真に批判できるのは、猪瀬氏のような何のしがらみもない作家だけで、あとは同病相哀れむ(?)状態.とすれば、どこに落としどころを持っていけばいいのか.国民も「推進委員会」や「公団総裁の辞任劇」を観衆のような根性で眺めているだけで、「よし、国民負担を考えて、うちの地域は道路いらない!」という人は一人もいないのだ.いや実に、考えれば考えるほど、この仕組みをつくった田中角栄は天才だ.
 この問題は、結局のところ、私たちは田中角栄の亡霊とどうつきあっていくのか、というところがポイントで、おそらく世界で最も大きなNIMBY"Not In My Back Yard"問題だ.これを解決できるのは神様しかいないのかも知れないなー.

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